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おしん 123~125回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正12年(1923)9月1日の大震災で、おしんの母のふじは、
加賀屋から物資と旅費、加代からはおしんへの現金100円を預かった。


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年が明け、ふじは加賀屋に挨拶に行った。
嘘の手紙により、おしんが幸せに暮らしていると皆が思い込んでいた。


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が、佐賀の田倉家では、正月の祝いの席からおしんは外れていた。
嫁姑に挟まれた竜三は、別の部屋で寝ることにした。

そのような中、髪結いの師匠が東京に戻って3月から仕事を再開するとの知らせがあり、
おしんは、東京暮らしを決意する。



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NHKオンデマンド おしん 123~125回 試練編

佐賀とはいえ、まだ冬の寒い中、佐和が身投げした。
幸い助けられたが、過去ある佐和にとっては死んだ方がマシだった。

おしんは、東京行きの話をし、後日、旅費も手渡した。
が、おしんに2人目の命が宿る。

離婚を決意すれば妊娠というパターンだったが、
橋田の恐ろしさに苦笑する。




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なつぞら (142)~(144)「なつよ、この十勝をアニメに」 [なつぞら]

(2019日)

昭和49年(1974)4月、なつと陽平はマコプロに入社。
なつは、『大草原の少女ソラ』の作画監督、キャラクターデザインをすることになった。ロケハンでの北海道から帰り、なつの体験を作品に入れることにした。


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動画を外注とし、3人の新メンバーが加わり、外注先との連絡係とのことだった。



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10月、初回放送日となった。
柴田家も雪月の小畑家や山田家も当然にテレビを見た。



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NHKオンデマンド なつぞら (142)~(144)「なつよ、この十勝をアニメに」

ある時、女の子が訪ねてきた。
なんと千遥の子だった。
ここで別の子な訳はなかった。

そして、千遥は無事、生きていた。



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徳川慶喜 第17回 安政の大獄 [徳川慶喜]

(1998日)

安政5年(1858)4月に井伊直弼が大老に就任、直弼は勅許が欲しかったが、
条約調印が早々と部下が調印した。

が、怒りは直弼に集中。徳川斉昭や慶喜、徳川慶勝、慶永などが抗議に来ると、
無断登城を理由に隠居や謹慎を命じたことから安政の大獄が始まった。
この初期の処分は第13代将軍徳川家定の命で行われたが、むろん直弼初だった。


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が、家定が死去。10月25日に第14代将軍となった紀州藩の慶福は家茂と改めた。


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(水戸・高橋多一郎、薩摩・有村次左衛門)

次々と捕まっていき、直弼暗殺計画が図られるようになった。
水戸からは20名、薩摩からは10名だせるとのことだった。


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師走となったが、慶喜は、己の無力に、節分を早めることにし、
「鬼 は そ と ♪」

と、直弼を頭に置きながら、一橋邸内で何度も矢を放った。



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(老中・間部詮勝 関白・九条尚忠)

条約勅許が下りた。幕府の関係者への処分が多く、孝明天皇が涙で決断された。
尚忠は親幕府だったが、間部に、捕縛された者たちを釈放するよう求めた。



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NHKオンマインド 徳川慶喜 第17回 安政の大獄


が、井伊直弼は、間部を生ぬるいとした。
井伊直弼にとっては、勅許を得ようが、罪は罪だった。




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おしん 120~122回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正12年(1923)9月、関東大震災により佐賀に移る。
竜三の実家は裕福な地主だったが、父の大五郎の代で縮小していたため、
竜三とおしんは開墾することとなった。


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田倉家の小作の耕造は竜三の幼馴染だった。
構造の妻佐和は、島原の女郎だったが、構造が田を売り身請けした。
その為、芋を昼食としながらも愚痴も言わずに仕事した。
竜三とおしんは、お握り1つだった。


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ある時、おしんは佐和の髪を結ってあげた。
これが余計なことだった。


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近所の評判となり、髪結いの仕事の依頼が来た。
が、田倉家にとっては恥ということで、怒られた。

石鹸でおしめを洗うにしても、お金が必要となるが、
すぐに姑に口を出された。


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NHKオンデマンド おしん 120~122回 試練編

「 ご く つ ぶ し ♪ 」
「 ご く つ ぶ し ♪ 」
「 ご く つ ぶ し ♪ 」


田倉家の子どもたちが、おしんのことを歌っていた。





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なつぞら (139)~(141)「なつよ、この十勝をアニメに」 [なつぞら]

(2019日)

昭和49年(1974)3月、なつは東洋動画を退社した。
社長以下、惜しまれての退社だった。(但し、堀内を除く)


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4月、マコプロへの初出勤。
『大草原の少女ソラ』の打ち合わせが始まった。
なんと、背景には、陽平が担当することになったが、初日から遅刻した。

時代は大正から昭和を設定する。
ロケハンとなり北海道で実際に見聞きすることになったが、予算の都合上、
柴田家でお世話になることになった。

柴田家では、泰樹の開拓に至る話を聞く。
家族が支えだったのかという質問に対し、
「誰もが支えあって開拓者は強くなった」と泰樹は呟いた。


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番長宅にも訪れ、実際に使われている農機具を見せてもらう。

次に、帯広の雪月に寄った。
小畑とよに会って、川の氾濫の様子を聞きたかった。
サケが戻ってきて綺麗だったようだ。

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NHKオンデマンド なつぞら (139)~(141)「なつよ、この十勝をアニメに」


すると、そこへ亜矢美が訪ねてきた
鹿児島から7年かけて帯広にたどり着いたフーテンの亜矢美さんだった。




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太平記 第4回  帝 ご謀反 [太平記]

(1991日)

元亨(げんこう)4年9月19日(1324)
六波羅軍3000は名だたる者たちを京都で襲撃した。

土岐頼兼たちの倒幕計画が露見、正中の変となった。
頼兼は自害。日野俊基は佐々木道誉宅に逃げ込み、隠れることに成功。


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足利高氏は日野と会っているところを見られ、六波羅探題で詮議を受けた。


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後醍醐天皇が首謀者だったが、幕府には知らないこととした。


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花夜叉一座の石は、日野俊基に別の隠れ家へ案内するよう
花夜叉から指示されていたが、日野が拒否。捕まることを選んだ。
その直前、自分の短刀を楠木正成に渡して欲しいと石に託した。


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(長崎円喜、長崎高資、金沢貞顕)

高氏は六波羅探題の詮議にはシラを切り助かったが、侍所に捕まった。
その指示は長崎円喜だった。
第14代執権北条高時の内管領で実質の最高権力者だった。

高時に足利家が兵を増やしていた理由を問いただす機会だと説明した。
高時が14で執権となり、頭脳となったのが円喜だった。


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TSUTAYA 太平記 完全版 

牢の中で寝るしかなかった。



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いだてん~東京オリムピック噺~ (34)「226」 [いだてん]

(2019日)

昭和11年(1936)午前5時、田畑は陸軍兵が行進しているのを
赤坂の自宅の窓から覗いた。
6時半に出社したが、内務省から記事の差し止めの電話があり、
号外は出せなかった。


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反乱兵は朝日新聞社にも入ってきた。
緒方竹虎が交渉しようとしたが、高橋是清を殺した連中でどうにもならなかった。


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第一報は午後8時半だった。
熊本の金栗の実家にもラジオがあった。
日本では1925年が最初で大正12年(1923)関東大震災時には無かった。


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IOC会長のラトゥールが日本に来てくれた。
戒厳令下の東京を案内するのに、嘉納治五郎は清さんに頼んだ。


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NHKオンマインド いだてん~東京オリムピック噺~ (34)「226」

1935年2月のオスロ総会時に杉村陽太郎が、
ムッソリーニに頼んで1940年の東京と44年ローマの合意を述べて
ラトゥールが激怒したが、その指示は嘉納がしたことだと正直に告白。

接待作戦により、次はアジアで開催すべきと、ラトゥールの発言を得る。





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おしん 117~119回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正12年(1923)9月1日に地震。2日間上野公園で過ごし、
3日には火災が治まり、自宅と工場を確認しに行き、師匠やりつ、健と再会した。
また、母のふじが3日に山形から来てくれた。


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健さんが、家を用意してくれ休養し、
恐らく翌日の4日か5日には、佐賀へ向かうことになった。
軍の船で運んでくれるとのことだった。


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10日位には、実家に着いたのでしょう。
が、家も財産も失って避難してきた嫁に対する視線は厳しかった。


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物置のような部屋を与えられる。
竜三が雄を抱いて帰ってきたことであれ、おしめを洗ったことであれ、
姑はいちいち嫁に口にした。


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NHKオンデマンド おしん 117~119回 試練編


大地主だった田倉家だったが、父の大五郎の代で事業の失敗で縮小。
長兄の福太郎に連れられ、開墾をすることになった。
おしんは小作の娘で手伝った経験はあるが、竜三は見てただけだった。




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なつぞら (136)~(138)「なつよ、天陽くんにさよならを」 [なつぞら]

(2019日)

昭和48年(1973)9月、十勝に帰省していたなつは、帯広の雪月に寄った。


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そこには、天陽の描いた包装紙が使われていた。
泣ける話だったが、奥さんのことが気になった。


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『大草原の小さな家』を決意し、柴田家を後にすることにした。


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坂場一久は、麻子に企画書を出したが、
『大草原の小さな家』は原作ではなく、原案とし、
舞台を北海道にすることにした。



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NHKオンデマンド なつぞら (136)~(138)「なつよ、天陽くんにさよならを」


なつは、東洋動画を辞めることにした。
堀内は喜んだ。作画監督のチャンスだった。




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おしん 114~116回 試練編 [おしん]

(1983日)

大正12年(1923)9月1日、田倉商会創業1周年記念の日だった。
更に、新工場完成祝の日だった。


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午前中にお世話になっている方を招く。
12:00から食事だったので、おしんは階段を降りようとした。
11:58分のことだった。
おしんは、幸い、気絶で済んだ。


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目を覚まし、夫婦で自宅へ向かうも、
源じいは雄を守り、他界していた。


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火災が発生。
風下なのでスグに立ち去るよう誰かが教えてくれた。
命の恩人を丁重に葬りたかった。



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NHKオンデマンド おしん 114~116回 試練編

近くの避難所で生活することになった。
火災が止み、数日後に自宅まで来たが、どうしようもなかった。

そこへ、母のふじが来てくれた。
加賀屋からも1人来てくれて、当面必要な物資と、
加代からの現金も受け取った。

母の旅費も負担してくれ、「何でも言ってくれ」とのことだった。





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