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英雄たちの選択 明治トップレディーたちの華麗なる変身~条約改正に挑んだ女たち [映像]

(2016日)井上馨の妻武子、陸奥宗光の妻亮子の働きを紹介する。
鹿鳴館を支えた武子、駐米公使の妻として社交界で活躍した亮子。
井上や陸奥は、内助の功を望んだわけではなかった。
彼らにとってはワイフであって、”家内”ではなく、”家外”だった。

井上や陸奥は、明治という"政治革命"だけでなく、
家族や社会を変革していった"社会革命"に挑んだ人だった。


2016 eたち 明治トップレディーたち0414 投稿者 okura1919ppp
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ロシアはモンゴル帝国の継承者 [映像]

(1992日)NHKスペシャル「大モンゴル」の抜粋。全2時間半中の約12分。

ロシアに関する部分を抜粋している。↓は12世紀のモスクワの様子。
まだ木造だったようだ。

100程の教会があったが、モンゴル来襲後、
イヴァン1世の活躍があり、皮肉にも町が発展し250程に増える。

3世の時に滅んだビザンツの皇帝の姪を妻にし、
ローマ帝国の後継国家となった。
この時点で正教の本山があったコンスタンチノープルが失われたので、
ロシア正教が正教を継承していくに格別の強い責任感と誇りをもったようだ。

4世のツァーリである雷帝の頃の宮廷では、3分の1が蒙古の血だった。
彼は計画を実行して蒙古(ハン)の顔も持った。

抜粋ではあるが、ロシアの2つの顔を紹介した動画。

moscow.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=Ads1Mcw5k58
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ロシアの歴史 (世界各国史プロジェクト) [映像]

(2014日)全4回計約83分。受験業界で有名な先生のようだ。

①ロシアの「もと」ができるまで
②ツァーリたちの時代
③帝国主義ロシア
④ロシア革命とソ連

さすがに受験生でもない私の視界に入ってきただけあり、
再生回数全600万回と普及していて分かりやすかった。

高校生の時は歴史に全く興味がなかったので、今回の講義は、新鮮でした。

本で読めば新書1冊の方がボリュームあるのでしょうが、
サラッとというのもいいのでしょう。


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英雄たちの選択  明治外交秘史 榎本武揚 驚異の対ロシア戦略 [映像]

(2017日)1875年の「樺太・千島交換条約」を榎本武揚が締結した。

1855年の下田条約にて択捉島と得撫島の間を国境とし、
樺太は日露雑居の地としたが、ロシアでは流刑地だった。

榎本はオランダ留学にて幕府の恩で5年間学び、日本へ帰国するが、
情勢は変えられなかった。が、五稜郭へ立てこもり新政府に最後まで戦う。

明治2年に獄中生活を味わい5年に出所。ここから榎本の第4ステージがはじまる。


1874年に全権としてサンクトペテルブルクに向かい交渉となる。

ロシア外務省アジア局ではオンネコタン島で交渉決裂かと思われた。
が、榎本は諦めなかった。

そして条約となる。

幕末の大河ドラマで年末に数回登場する程度でしたが、
チョイ役の人ではありませんでした。

enomoto.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=f6zNRvnuC28
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その時歴史が動いた 大久保利通・新生日本を救う 〜回避された「幻の日清戦争」〜 [映像]

(2004日)明治4年に岩倉使節団で外遊。国内で征韓論が盛り上がるが、
明治6年、天皇へ上奏し賛成してもらって西郷を追い出した。

西郷らは武士という不労所得階級の意を飲む役回りに徹する。
そして弟の従道が、台湾で漂流した琉球民約50人が殺害された事件で、
兵を集め独断で鎮圧しようとする。

大久保は全権として清に行き交渉する。
50万両の償金を得て帰ってきた。

この評価が人により異なり、これが命とりとなった。

が、彼の真意が残っていた。10万両で被害者と戦病者への見舞金とし、
残りをどう使うかという話だった。
大久保というのは底意地悪いリアリストという印象だったのですが、
快男児でした。


大久保利通・回避された幻の日清戦争 / その時歴史... 投稿者 byzantinedeslergreatbasileus
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証言でつづる現代史 アフガン侵攻はこうして決定された / BSドキュメンタリー [映像]

(2006日)1979年12月25日のアフガン侵攻の意思決定過程を追うドキュメンタリー。
クリスマスとは無関係でしょう。

もともと王制だったが1973年に共和制へ移行。
1978年に社会主義となりタラキ政権となった。
国内のイスラム勢力の反政府運動を抑えれなくなったタラキは、
ソ連のブレジネフ書記長に「軍を派遣してくれ」と頼んだ。

が、この段階では、ブレジネフも外相・KGB議長・国防相、皆反対だった。

アメリカ・カーター政権と軍縮交渉中だった。
1979年6月にSALTⅡ(第二次戦略兵器制限交渉)が調印となる。

が、副首相のアミンが、タラキを殺害し首相となる。
そしてアメリカと接近し、タラキ政権の有力者だった者を次々投獄した。

友好関係を築いていたブレジネフは激怒。
軍は反対したが、KGBの勧めもあり、アフガンに侵攻。
反体制派の鎮圧が表向きだったが、アミン殺害をやってのけた。
これで、SALTⅡの批准をアメリカ議会は見送ることとなった。

アミンの残された妻のインタビューで終える。


「1979年 ソ連 アフガン侵攻」

という1行知識でしたが、15行になりました。

ahugan.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=1mPBe7V5zOU
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完全再現!史上最強の軍隊 第5話「ソ連vsドイツ スターリングラード攻防戦」 [映像]

(2009)後から知ったが、シリーズ全6話モノのうち第5話をいきなり見た。
よって私には難しかった。

決して評価の高い映像ではなく、書物の方が詳しく書かれるのでしょうが、
初心者が実際の戦闘と司令官の采配のイメージを得るにはイイ映像なのでしょう。

車に火炎瓶を投げて爆発の実験の様子を撮影もしている。

ソ連とドイツの戦いは、鋼鉄を意味するスターリンの名からくる
「スターリングラード」の戦いと、その後のクルスクの戦いの再現となっている。

1943年7月から8月にかけての戦闘の中、イタリアに連合軍が上陸し、
ヒトラーは東部の戦力をイタリアに向けることとした。
司令官マンシュタインは引き上げることとなるが、
ヒトラーの責任であると言葉を残している。

このシリーズを最初から見るかどうか、しばらく考えます。


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英雄たちの選択 官か?民か?明治の快男児 五代友厚の真実 [映像]

(2016日)薩摩藩で琉球交易の役を受けていた父から世界地図を14歳の時に渡される。
16世紀に信長が地球儀を俯瞰していたものの、
幕末といえども貴重なモノで、藩主島津斉興が手に入れたもので、
友厚は自分用にもと2枚複写した。
現在は数秒でコピーできるが、1週間位かけて考えながら描いていたのでしょう。

1862年、26で水夫として上海に向かい、高杉晋作と出会っている。
1865年に薩摩藩の使節団として渡欧している。

そういう知見から倒幕でも新政府でも活躍した俊才で、
大阪知事として現在の大阪の基盤を築いた。
が東京で会計係をすることとなり大阪を去った。

が、人望があり大阪の有力商人などから嘆願書が提出されたそうだ。
それがあり、官を去って、民で生きることとなった。

多才で民間の利益追求の頭と、国益も考えている。
剃刀のようにキレて情がある人なのでしょう。


eたち2016五代友厚 0324明治の快男児 投稿者 okura1919ppp
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オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史第5回 アイゼンハワーと核兵器 [映像]

(2013米)アイゼンハワーは大戦中に原爆使用に反対したが、
大統領となると、共産主義の脅威に対し、核での抑止を積極的に肯定し、
財政の観点から軍の人的規模は抑える代わりに核装備を拡大する。

また他国への介入にCIAを使った工作をはじめ、
敵を共産主義者とレッテルを張り緊張関係を進んで作ってもいた。

ベトナムはホーチミンのナショナリズムを共産主義と認定する。
イランは、戦後、英国企業が石油利権を手にしていたが、
1951年、モザデグにより国有化となる。
が、1953年にCIAの工作により軍のクーデターとなり、国有化政策は挫折。
変わって、米国系企業の手中に収まることとなった。

共産主義に徹底対峙する自由主義が正義なのかと、監督はこれでもかと例示する。


オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史 #05 「アイゼンハワーと核兵器... 投稿者 0141oniku
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オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 第4回 冷戦の構図 [映像]

(2013米)第2次大戦の戦勝国となったものの、英国は米国に依存することとなり、
アメリカのGDPは世界の50%を占め、覇権国となったアメリカは世界の警察官となる道を歩みはじめた。

1946年にはイランの国境にソ連が兵を進めてきたが、「核を落とすぞ」と恫喝し、
撤兵させた。

東欧に影響力を確立させようとするソ連に対し、
西欧には経済的にマーシャルプランで130億ドルと米企業を送った。
軍事的には1949年にNATOを構築する。

同年に東アジアで中国が建国され、翌年に朝鮮戦争となる。

その米ソ冷戦構造を作ったのが、監督はアメリカの過剰な恐怖であるとしている。

ルーズベルト政権で副大統領を務めたウォレスがトルーマンの2期目の選挙でも対立する。
彼は、徹底的にトルーマンの反共政策を批判し、共産主義との共存を図れば、
ソ連も個人の自由を認めるようになると主張した。
又、「世界の警察」であるために、他国への介入による負の側面が発生する。

監督のデータを重視し、物事の両面をありのままに伝えようとする編集は理解できますが、共産主義とは均衡を図れても、原理的には共存できないものでしょうね。

1945年~52年頃までの世界を俯瞰する映像は初めてでしたので有意義でした。


オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史 #04 「冷戦の構図... 投稿者 0141oniku
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