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英雄たちの選択「龍馬暗殺 最期の宿に秘められた真相~なぜ近江屋だったのか?」 [映像]

(2017日)どうやら見廻組のようだ。

幕権回復派は、会津桑名で徳川大君政府を考えている。

武力討幕派は、薩摩長州で大名連合政府を目論む。
が、徳川抜き。

それに対して、公儀政体派は土佐と徳川が考えており、
竜馬も、徳川を含んだ大名連合政府を望んでいた。

薩摩や長州の下級武士だけでなく、会津藩主松平容保とも会っている。
また、若年寄格の永井尚志とも前日まで頻繁に会うほど幅広い人脈だった。

「薩長同盟」「大政奉還」を成させた竜馬に幕権回復派はキレ、
どうやら松平容保が見回組に命じた暗殺のようである。
が、竜馬の死により武力討幕派に顔が利く穏健派がいなくなることを意味した。

『お〜い!竜馬』や『竜馬がゆく』を中学生で読んだが、
私には理解できなかったのでしょう。惚れ込んで語る人にも理解できなかった。
が、この番組で全体の構図がつかめ、納得しました。


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http://www4.nhk.or.jp/heroes/x/2017-06-15/10/28095/2473110/

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英雄たちの選択 緊急指令 米国を取り逃がすな!金子堅太郎・日露戦争下の外交戦 [映像]

(2017日)日露戦争を決意した日に伊藤博文から渡米を言い渡された。
ハーバード時代にセオドア・ルーズベルト大統領と面識があり、
終戦を考えて仲介を依頼するためだった。

個人の資格で、ニューヨークにて30回にもわたり講演した。
日本に味方する世論を形成し、大統領の理解を深めた。

ポーツマツ会議での小村寿太郎の駆け引きから、
金銭目的の継戦を望んでいると米国民の反発もあったようだが、
大統領はサイン入りの手紙を金子に届けた。

日露戦争では金策に奔走した高橋是清や小村のことはよく聞くが、
身命を賭す覚悟で渡米した金子の働きを知ることで、
実に多くの人が各々の持ち場で役割を果たしていたのだと改めて感に入りました。

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(写真中央)
http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017079284SC000/?capid=nte001
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昭和の選択「“ライオン宰相”が夢見た平和~軍縮に挑んだ男 浜口雄幸~」 [映像]

(2016日)第1次大戦後、21~22年にワシントン軍縮会議で主力艦が対英米6割となった。
それが条約外である補助艦の競争の激化となり、27年のジュネーブ軍縮会議のテーマとなる。が、英米間の主張が平行で終了し、30年のロンドンへと舞台が移った。

浜口雄幸は、全権代表を若槻禮次郎とした。対米7割が軍令部の線だったが、
会議で6割を要求される。若槻からお互い譲歩を重ねた数字が電報で報告された。

大型巡洋艦6割、補助艦艇6.975割、潜水艦は78,000トンの軍令部の要求だったが、
52,000トンの報告だった。

この数字を加藤寛治軍令部長は飲まなかった。

が、会議の決裂で建艦競争となれば経済力の違いで不利であり、財政を逼迫させることとなる。
浜口のとった選択は、自らの生命を直撃することとなった。

昔読んだ城山三郎『男子の本懐』の時とは違い、
少しは成長したのでしょう、分かりやすい番組だと思えるようになりました。


昭和のS 軍縮に挑んだ男 浜口雄幸20160728 投稿者 okura1919ppp
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冷戦 第03回 「マーシャルプラン」 [映像]

(1998米)大戦後、ヨーロッパは疲弊し東西が分裂しており、
46年3月にチャーチルは「鉄のカーテン」演説をした。

西側としてギリシャ・トルコは支援しなければならなかったが、
イギリスは外国に支援する力は無く、アメリカに援助の役回りを頼むこととなった。

そして、1947年3月に「トルーマン・ドクトリン」となる。
「パックス・ブリタニカ」の終焉と、「パックス・アメリカーナ」の到来を意味した。

これが、47年6月の「マーシャル・プラン」となる。
約102億ドルの89%が無償援助で、米国企業を支援する腹もあろうが、
現実に西ヨーロッパで必要とされ感謝もされる。

それが、東のコミンフォルムやコメコンと対峙し、共産主義を抑えることで、
NATO陣営の基盤を支えた。

一方、48年のイタリア総選挙で共産主義に勝つために、
アメリカのイタリア系移民は故郷に「共産党には入れるな」という手紙を1000万通送った。
また、CIAが現金を片手に初の政治工作に乗り出す。現実の選挙活動資金の援助だった。
 バチカンでは、ピウス12世が共産主義者でもあるカトリック信徒を多数破門した。
そうして、キリスト教民主党が勝利した。

実に現実的な恐怖に対して現実的な手段を用いた闘いでした。


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https://www.youtube.com/watch?v=LjQzLseTG54
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ユダヤ過激派 ~イスラエル・終わらない戦い~ [映像]

(2005日)カハネ主義者を扱う。
1990年に暗殺されたメイル・カハネを尊崇している。
カハネはアメリカ生まれの正統派ラビで、「ユダヤのヒトラー」と呼ばれるほど排外色が濃く、イスラエル移住後は「カハ党」を創設し活動した。

イスラエル政府は彼らを警戒しているが、パレスチナ人へのテロは治まらない。

和平などは聖典に反しており、政府の態度こそが「裏切り」行為だった。
政府としても勝手なテロ活動されて国家の威信が落ちたり情勢の悪化を招く恐れもあるためカハネ主義には神経を尖らしているようだ。

治安機関は、カハネ主義者の神学校や礼拝堂を破壊も辞さなかった。
が、そういうことして、収まるものではなかった。

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https://www.youtube.com/watch?v=eN105PfSp_U
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50年戦争 イスラエルとアラブ 最終回 共存への一歩 ~相互認知 そして逆風~ [映像]

(1998日英)1991年のマドリード会議はPLOを排除したので進展はなかった。
1992年の選挙で労働党政権となりラビンが首相となる。
翌93年にノルウェーでPLOと秘密交渉をする。
この動画はその詳細が残されている。
そしてオスロ合意となる。

アラファトをテロリストからパレスティナ大統領と事実上認めることで、
イスラエルは生存権を認めさせた。

翌年にラビンとアラファトが平和賞を獲得するが、
95年11月にラビンが和平反対派に「裏切り者」として暗殺される。

と、10行程度で書く事実の裏で多くの人間模様があったことが
記録された貴重な映像でした。
計6回5時間、私にとっては重厚でしたが、最低知識+毛なのかもしれません。

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https://www.youtube.com/watch?v=RlzxMN8ib9Q


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冷戦 第02回 「鉄のカーテン」 1945 1947 [映像]

(1998米)戦後、ドイツでの深刻な食糧不足を、イギリスが援助した。
他国への援助のために戦中でさえしなかった配給制を採用することとなる。
英国は、ギリシャやドイツに軍事的経済的援助をする力がなくなったことを
アメリカに伝えることとなった。
共産主義の脅威の前に、アメリカが世界の警察の役割を担うこととなる。

イランでは、ソ連軍の「居座り」が問題となった。
1941年6月に独ソ戦となり、英ソは連合国となったが、東部戦線への輸送ルートとしてイランが重要となる。しかし、王が鉄道利用を拒否したため、同年8月に英ソはイランに侵攻。息子が新王となった。そして、「休戦後半年以内」で駐留軍が撤退する約束がなされたが、ソ連軍は帰ってくれなかった。
その件で、イランは1946年、国連安保理に訴える。
ソ連代表のグロムイコは審議の延期を提案し拒否され、退場した。

「鉄のカーテン」はチャーチルがトルーマンの地元で演説した際の表現だった。

さすがに冷戦を24回に分けた番組だけあり見応えありました。

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https://www.youtube.com/watch?v=-uvY7aoIlIU


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50年戦争 イスラエルとアラブ 第5回 マドリード和平会議 ~インティファーダ 和平への波~ [映像]

(1998日英)80年代~湾岸戦争後の1991年10月30日のマドリード会議まで。

イスラエルのシャミル首相はリクードの強硬派で、
PLOとの同席は、「礼拝堂に豚のようなもの」とまで表現した。

はじめ外相のシモン・ペレスが会議の枠組みを考えたが、
彼は労働党でリクードの首相が飲めるものではなく、
アメリカからの提案の形を取ることとした。

PLO自体は排除したが、パレスチナを代表する者を参加させた。

とはいうものの、会議の席は穏やかではなかった。
自ら乗り込んだシャミル首相は、シリアのテロを非難し、
シリアの外相は、シャミルが1948年の国連調停官殺害テロに関わってたことを
持ち出した。

会議前はシャミルがユダヤ人入植地建設のための金策をアメリカに要請したが、
和平交渉を潰しかねないとし、ブッシュ大統領が拒否した経緯もあった。

苦難の末のマドリード会議の冒頭が荒れて、
第5回は終了する。

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https://www.youtube.com/watch?v=Zb8IDdLzl_Y

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ハイジが万引き犯を追い詰めた [映像]

これは笑いました。
500万を超えているのでメチャメチャ有名でした。

ネタを思いついた後に、
細かいセリフの調整は、そう簡単にできないでしょう。
また声の入れ方も私にはマネできません。

たった数分のパロディーですが、
けっこう長い準備が必要だったのでしょう。

完成度高い作品でした。


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オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 第9回 “唯一の超大国”アメリカ [映像]

(2013米)レーガンの後の父ブッシュ時に湾岸戦争となる。
イラクのフセインは自国民に化学兵器を使用していたが、
湾岸では劣化ウラン弾が使われた。
又、トマホークでゲーム感覚で戦争をすると批判される。

ソ連は崩壊し、エリツィンがロシア連邦大統領となった。
彼は、クリントンとの親和性が高く、
NATOの東方拡大、国営企業の民営化で外資を招いた。

2000年にプーチン大統領となるまでは、国威なぞ寒々としていた。

監督の10作のシリーズだが、広く浅くサラッとで、
「そういうこともあったね」と再確認するにはいいのでしょう。


オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史 #09 「“唯一の超大国”アメリカ... 投稿者 0141oniku
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