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英雄たちの選択 衝突!その時 男は何を見た 征夷大将軍・坂上田村麻呂‬ [映像]

(2016日)794年に平安京に遷都した桓武天皇の時代、東北地方の蝦夷は朝廷にとって許せない存在だったようだ。宮城県の多賀城を最前線の拠点とした。

791年、京都の坂上田村麻呂は、多賀城に転勤することとなった。
大伴弟麻呂が征東大使で、副使だった。

797年に征夷大将軍となる。

敵の蝦夷は部族社会でそのリーダーはアテルイという人物だった。
統率と用兵に長けた人物のようで、苦戦させられたようだ。

が、田村麻呂は戦闘での勝利に執着せず、戦略的に対応し、
アテルイが自ら降伏のため足を運んでくるまでに追い詰めた。
そして、京都へ連れて行くが、
アテルイは自分が仲間を説得するのでと助命を申し出た。

が、田村麻呂にとっては、失敗すれば自分の首が危なくなるリスキーな申し出だった。
しかし、彼は助命を嘆願したが、桓武天皇は殺すこととした。

今回の「選択」は、自分が田村麻呂なら、アテルイの申し出にどう対応するかだった。


eたち 征夷大将軍 坂上田村麻呂 20170302 投稿者 okura1919ppp
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