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英雄たちの選択  明治外交秘史 榎本武揚 驚異の対ロシア戦略 [映像-歴史]

(2017日)1875年の「樺太・千島交換条約」を榎本武揚が締結した。

1855年の下田条約にて択捉島と得撫島の間を国境とし、
樺太は日露雑居の地としたが、ロシアでは流刑地だった。

榎本はオランダ留学にて幕府の恩で5年間学び、日本へ帰国するが、
情勢は変えられなかった。が、五稜郭へ立てこもり新政府に最後まで戦う。

明治2年に獄中生活を味わい5年に出所。ここから榎本の第4ステージがはじまる。


1874年に全権としてサンクトペテルブルクに向かい交渉となる。

ロシア外務省アジア局ではオンネコタン島で交渉決裂かと思われた。
が、榎本は諦めなかった。

そして条約となる。

幕末の大河ドラマで年末に数回登場する程度でしたが、
チョイ役の人ではありませんでした。

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https://www.youtube.com/watch?v=f6zNRvnuC28
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