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50年戦争 イスラエルとアラブ 第4回 孤立と暗殺 ~第4次中東戦争~ [映像]

(1998日英)1970年~1979年。

1970年にエジプト大統領ナセルが他界し、サダトとなる。
サダトはこれまでの路線を踏襲せずアメリカに接近する。

1967年の第3次の6日間戦争で失ったシナイ半島を何としても取り戻したかった。

スエズ運河東岸までイスラエル軍が駐留していたが、
せめて数㎞後退させて、ストップしていた運河の渡航を再開させたかった。

その為に、シリアのアサドと対イスラエルの密約を交わすが、
エジプト軍がシナイ半島を深く進軍することが前提だった。
そのことで奪われたイスラエル北部のゴラン高原での戦闘が影響する。

対イスラエルのアラブ側の中で騙し合いをしていた。

怒ったアサドの背後にいるソ連がサダトを恫喝し、
サダトは敗北覚悟で陸軍をシナイ深く進軍させた。
イスラエル空軍の餌食となるのは、地対空ミサイルの範囲外だったので自明だった。

逆にイスラエル軍が運河を西へ突入することとなった。

そこからサダトの外交戦が本格化することとなる。
この頃のイスラエル首相はゴルダメイヤで領土の執着はすさまじく、
次のペギンも役者だった。

1978年にカーターの仲介でキャンプデービッド合意。
シナイ半島とイスラエルの生存権での合意でサダトとペギンにノーベル平和賞となった。翌79年に平和条約となる。

が、これが「裏切り」となり81年の暗殺となる。

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https://www.youtube.com/watch?v=FrLjEMF3BX0

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冷戦 第01回 「東西陣営の形成」 [映像]

(1998米)全24回の「冷戦」ドキュメンタリー。
生存する関係者へのインタビューが豊富。第1回は1941年~45年。

1943年11月のテヘラン会談と、1945年7月のポツダム会談の様子が印象に残る。

テヘランでの会談をスターリンはソ連大使館ですることを強く押す。
秘密警察のトップだったベリヤの息子が盗聴の準備をした。
ルーズベルトやチャーチルの考えを事前に知り、朝、記録を読む。
そして何気ない顔で会談に臨んだ。

ポツダム会談では実際には冷戦で空気は険悪だったようだ。

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https://www.youtube.com/watch?v=Eoq42OYNc5A


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50年戦争 イスラエルとアラブ 第3回 流転するPLO ~パレスチナ解放機構~ [映像]

(1998日英)第3次中東戦争でイスラエルはヨルダン川西岸を制圧した。
東側にあるヨルダンにパレスティナ難民が多く住み、
アラファトが西側に危険を冒し攻撃を仕掛ける。
スクールバスの爆破で児童の死傷者が出たことで、PLO拠点となったカラメにイスラエルが攻撃する。
双方が大損害を受けるが、その時の活躍でアラファトがリーダーとなる。

ヨルダンで活動していたPLOだが、ヨルダンの王フセインが穏健化したため、
PLOの不満からヨルダン内戦となる。
PLOに賛同する連中のハイジャック事件が起こり、王は激怒し、国外追放を決意。

エジプトのナセル大統領がPLOとヨルダンの仲介をとり、
アラファトたちは受け入れを認めたレバノンに移住した。

が、1982年にレバノン内戦となり、PLOはチュニジアへ追放となった。

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https://www.youtube.com/watch?v=d6t-kXvMbbo
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加計と前川と政宗 [人生・幸福]

獣医学部が四国にはなく、半世紀にわたり新設されてなかったそうだ。

この問題は、既得権益に対して国家戦略特区という形で規制が緩和され、
15回も拒否され続けた新設の申請が、今回OKとなったそうだ。

問題は、京都産業大も申請していたが、安倍の友だちの加計の為に条件を恣意的に設定した疑いが濃厚であることのようだ。

で、土地やら補助金やらで約100億が学園に渡るようだ。


で、文科省内で「文書」がでまわっていたのを朝日が記事にし、
大臣や官房長官が否定し、前川前次官の醜聞を警察を使って調べ読売に流したようだ。

が、前川氏は朝鮮学校無償化に熱心であり、また現地調査も熱心だったようだ。
それは嫌味ではなく、障がい者施設であれ現場の声を生で聞く人だったようだ。

ということで、「あるものをない、とすることはできない」という彼の主張に分があるでしょう。その点は良心からでた主張であり、嘘をつく理由はなく、また危険でしょう。

しかし、↓の和田氏は朝日や前川をネチネチ攻めるタイプのようだ。
自民の岡っ引に徹しているのは見事だが、事大主義なのだろう。仙台でなかったのに納得した。
https://twitter.com/wadamasamune/status/867749795078610945

まぁ、タダで自分のことを話すバカはいないし、
この前川という人は現場の教師なら「夜回り先生」のようなタイプの人だったかもしれません。
よく分からない間であろうが、不要に貶める発言を即するのが、民族系・神道系に多いですね。
昭和天皇が言ってた、神道が「宗教心が足りない」宗教というのが、
こういう人の一連の発言に流れる精神を見て納得がいきます。

ちなみに昭和天皇は平沼騏一郎や小磯国昭・宇垣一成のような右を嫌ったそうだ。
海軍の軍人は視野が広くサバサバしていて好きだったが、陸軍の軍人はネチネチしてたようだ。
職場環境で気風が違うのでしょう。

私は政宗の着眼点は好きです。

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ハイテク兵器

たまげた。
レーザーの時代のようだ。

一時的に盲目にさせるなど、研究開発の飽くなき精神に脱帽する。

日本ではかつて登戸研究所で風船爆弾を作ったりした。
現在では何か秘密で研究してるのでしょうかね。



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ペットボトルロケット

ペットボトル発射男に罰金 高浜原発の敷地に落とす
http://www.sankei.com/affairs/news/170526/afr1705260037-n1.html


20万で済んで良かったですね。
原発テロ扱いされなくてよかったです。


動画を探したら↓がありました。
使い方次第でかなり危なそうです。


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50年戦争 イスラエルとアラブ 第2回 失われたパレスチナ ~第3次中東戦争~ [映像]

(1998日英)第3次中東戦争での関係者証言。

ソ連が中東での紛争を望んでいた。
中東で局地的な戦争が起こり、負けようが引き分けようが、
ソ連にとって利益となるとソ連は考えていた。

エジプト議会議長のサダトがソ連にて外務次官から耳打ちされた情報に驚く。
イスラエルがシリア国境付近に軍を進めているとのことだった。

ナセル大統領は参謀総長に確認させたが、実態はなかった。
が、ソ連大使は「間違いない」とのことだった。


冒頭、そういうソ連の謀略からだった。


アラブ側にとってソ連からの最新武器は何としても欲しかった。
が、ソ連は売り惜しみしていた。

6日間戦争の初日、イスラエルの先制攻撃で各国空軍がまず潰される。
イスラエルは、ゴラン高原、ヨルダン川西岸、ガザ、シナイ半島を占領。

ナセルは泣き、敗北の責任を認めることを躊躇わなかった。

第2回の主人公は、ナセルだった。
このシリーズは何回か見れば、別のことに気づく編集なのかもしれません。

esyu.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=RB3DcNxfA2M
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オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 第8回 「レーガンとゴルバチョフ」/核兵器全廃への道を閉ざした「大きな歴史の分岐点」 [映像]

(2013米)1964年、トンキン湾事件からベトナム戦争が始まる。
69年に第37代米大統領になったニクソンは73年にベトナムから完全撤退させた。
このことで、右派をも敵とした。

レーガンはSDI構想に夢中で、ゴルバチョフが宇宙の軍事利用を止めるならば、
「核全廃に同意」と再三言っていたが、レーガンは聞こうとしなかった。

監督は、冷戦終結の功績はレーガンではなく、ゴルバチョフと強く憤る。



オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史 #08 「レーガンとゴルバチョフ... 投稿者 0141oniku
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50年戦争 イスラエルとアラブ 第1回 建国と亡国 第1次・第2次中東戦争 /BSドキュメンタリー [映像]

(1998日英)NHKとBBCの共同制作ドキュメンタリー。全6回。
生存する関係者へのインタビューに拘った貴重な映像でしょう。

1948年のイスラエル建国から1995年のオスロ合意までの歴史。
第1回は、イスラエル建国と第1次・第2次中東戦争。


1948年5月14日、イギリスによる委任統治の終了日、
初代首相となるベングリオンは、独立を宣言した。

その前年の1947年11月の国連によるパレスチナ分割決議の後、
「ユダヤ機関」議長だった彼は、シャレットを渡米させ、
アメリカの支援を働きかけたが、国務長官だったマーシャルは難を示した。
が、トルーマンは好意的であり、独立宣言後、速やかに承認している。

が、この件でマーシャルはトルーマンの1948年11月の選挙を持ち出し、
恫喝するという場面もあったようだ。
それだけセンシティブであり、アラブを敵にすることを望まなかったからだった。

独立宣言した5月14日にアラブ連盟5カ国が戦争を宣言した。
ベングリオンは少数で戦い、国を守った。

彼が引退してシャレットが第2代首相となるが、
軍を掌握していたベングリオンが勝手な動きをしていた詳細は血生臭かった。

生存者のインタビューが豊富に収められているので、
面白かったですね。

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https://www.youtube.com/watch?v=-PeWQDUvIpA
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変わりゆく戦争兵器 巡航ミサイル [映像]


(2017日)トマホークの歴史を概観する。
1903年に有人動力飛行がライト兄弟により成功する。
が、これをミサイルで使おうと考えた者がいた。

1918年には実験で成功している。
第2次大戦ではドイツがイギリス本土にミサイル攻撃していた。

現在のトマホークの性能は標的を確実に攻撃できるまでになる。
事前にターゲットの写真を記憶させ、カメラで取り込んだ画像と照合させる。
GPSで位置を把握しているので、外れることがないようだ。

兵器知識が皆無に等しかったので、新鮮でした。
興味がある人には面白いでしょうが、まだその段階ではないですね。

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https://www.youtube.com/watch?v=nWm7PpsyacY
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