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英雄たちの選択「幕末 ここに始まる~島津久光・率兵上京の決断~」 [映像-歴史]

(2017日)久光は薩摩藩主でもなく弟にすぎなかったが、
兄の死により、藩主の父となった。

その久光が無位無官ながら兵を率いて威風堂々、上京した。

このデモンストレーションは、本来、許されないことだった。
これが幕末の志士を登場させることとなった。

彼のおかげで、慶喜も登場したが、
共に、明治を斜めに見ることとなった。

彼が倒幕に最初の火をつけた功労者だったのでしょう。面白かったですね。

hisamitu.jpg
https://videosem.ru/V7TqQSsalqs/2017.html



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もうひとつの歴史 「隣のスパイ」 [映像-歴史]

1995年にソ連の工作を記した「ヴェノナ文書」が発表される。
アメリカとイギリスの情報機関が協力した1943年から1980年までの
傍受した暗号を解読したファイル。

この動画では5名の大物スパイが紹介されている。
ルーズベルト政権の中に300人もいたようだ。

連邦最高裁の判事として天寿を全うした者もいれば、
駐独大使の娘がソ連の外交官と恋仲となり重要情報を流していたなど、
シャレになっていない。
日本人は他人事として笑ってはいけない動画。


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英雄たちの選択「明治維新 知られざるデザイナー ~尾張藩主 徳川慶勝~」 [映像-歴史]

(2016日)徳川慶勝の判断で歴史が全く異なっていた。
彼の弟に会津藩主松平容保、茂栄が一橋徳川家の当主。定敬が京都所司代。

慶勝は慶喜が王政復古で排除されても新政府側に名を連ねるが、
岩倉具視から「幕府側に行くなら、・・・」と言われる。

苦しい立場に置かれ苦渋の決断をした。
そして、江戸城の無血開城となり、内戦は血の泥沼に拡大することはなかった。

彼は写真好きだったが、明治になった後の4兄弟の写真は、
激動の時代を駆け抜けたことが分かりました。


王政復古→戊辰→無血開城

という単純なプロセスではなかったことが学べ有意義でした。


eたち明治維新 尾張藩主 徳川慶勝20161013 投稿者 okura1919ppp
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NHK特集 私は日本のスパイだった ~秘密諜報員ベラスコ~ [映像-歴史]

(1982日)1942年よりアメリカに12人のスパイを送り込んだ「東(とう)」という秘密組織があった。その組織のリーダーだったベラスコに取材したドキュメンタリー。
各種賞を受賞したらしく、この組織とベラスコを知る人は知っているようだ。

「東」を作ったのはスペイン公使須磨弥吉郎で、政府の意を受けていた。
須磨は昭和45年に他界したが、一等書記官の三浦文夫が存命で取材に応じた。

開戦の翌年の1942年1月に須磨と三浦とベラスコの3者が組織を作ることを決め7月には開始できた。
アメリカに2人1組で6か所に配置したスパイからメキシコを経由、
カリブ海上の船から無線でスペインに情報を送ってベラスコが受信。
ベラスコが三浦に毎日のように伝えたそうだ。

1942年8月にはソロモン諸島に大反撃にでることを日本政府に伝えたが、
兵の逐次投入で多くの兵を死なせた。
海軍軍令部第3部は知らなかった。参謀本部は無視した。

アメリカ政府が原爆に興味を持ったのは1941年10月で、
1942年10月で日本政府は知ることができた。
そのことが、1943年1月に東條の命令で日本の原爆開発が始まる。

が、送った暗号はアメリカに筒抜けで全てはバレていた。
1944年「東」は崩壊させられる。ベラスコはよく生き残った。

NHK名作選だそうだが、納得する。


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CIA vs KGB 冷戦時代のスパイ戦 [映像-歴史]

冷戦時代の、CIAxKGBのドキュメンタリー。
6部構成。

①原爆実験と二重スパイ。

   他の動画でも見たことあるので有名なのやもしれません。
  アメリカの原爆開発データがソ連に流れ、1949年にソ連は
  原爆実験に2年早く実験に成功する。

②ドイツ、ベルリンの情報網
  
  ベルリンの地下の回線がジャックされており、
  通信情報がキャッチされていたが、
  それを知ったソ連は何故か放置した。

③ソビエトの軍事力
④東ドイツの秘密警察・シュタージ
⑤CIAの送り込んだスパイ
⑥味方が味方を売る

元スパイの証言が多く面白かった。
やはり『007』といった映画とは違い、
ホンモノの迫力と哀愁には勝てません。



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オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史第2回 ルーズベルト、トルーマン、ウォレス [映像-歴史]

(2013米)1941年~45年にかけて米副大統領を務めたウォレスにスポットを当てる。
ニューディール政策に賛同し共和党から民主党へ移って農務長官を33年から務める。
その後、副大統領となるが、ルーズベルト4選にあたり、トルーマンに敗れる。
この経緯に時間をかける。

その他、チャーチル、スターリンの秘密外交、
カサブランカ会談、ヤルタ会談、ポツダム会談といった、
各種会談やその背景となる戦争の状況を、映画も含めた映像を駆使する教養番組。

監督は、ルーズベルトだったからこそ英米ソでナチスドイツを倒せ、
平和を築けたという容共をベースにしているが、
監督の視点で俯瞰するのも勉強になりました。


オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史 #02 「ルーズベルト、トルーマン、ウォレス... 投稿者 0141oniku
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適用除外新規追加 (不貞の子ども と テロ準備行為) [VBC-細]

①はじめに
  
  4月21日の衆議院法務委員会で土屋正忠氏が「今のはテロ準備行為じゃないか」と恫喝した。↓動画又は最下部参照
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00356059.html

  野党数人が集まって打ち合わせしているだけで犯罪者扱いし侮辱した。
 健全な野党が与党を立派にさせる、のだろうが、
 野党の話し合いを認めないことは、氏の発言は与党を腐敗させる亡国発言となる。

  が、東京新聞の取材に対し「中身は記憶していない」と、通そうとした。
  http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201704/CK2017042202000137.html?ref=rank


 又、氏はかつて、最高裁の婚外子相続差別の違憲判断に、
「今回の判決並びに民法改正によって、具体的な利益を受けるのは不貞の子ども」
 と、言い放ったようだ。

 国会議員の資格はなく、人としての資格もロクでもない。
 このような人間を選ぶ武蔵野市の感覚を疑わざるを得ない。 


②適用除外神社の追加 と解除条件
   
   4月27日より、東京都武蔵野市の全神社(東京都不貞神社の群)

  <解除条件> 
   
   土屋正忠氏が国政から今年中に去った場合。


③適用除外新規追加(仮称 Maybe Exempted Family)(略称 MEF)

   今国会で「テロ等準備罪法案」が可決された場合、
   土屋正忠氏を86歳の適用除外確率一族とします。
    但し、この法案に反対した場合を除く。
 

④おわりに

  ・特に、安倍晋三、もしくは神社本庁さんの異論がなければ、4月27日より本文書を有効とします。
  ・平均寿命スライドがあります


---------

ちなみに、↓によると本願寺蓮如は5人の女性から27人の子を授かった。
蓮如に対して生理的に理解できない感情はあるが、子を対象にした言葉を公人が発するのはクズだろう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%93%AE%E5%A6%82


(参考資料)
http://megalodon.jp/2017-0424-0142-58/saigaijyouhou.com/blog-entry-16447.html
http://archive.is/rIrzV

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突入せよ!「あさま山荘」事件 [映画]

(2002日)1972年の事件。連合赤軍・あさま山荘事件の映画化。

過激派x警察 ではなく、あくまで警察内部の争いを描写する。
かなりヌルい。ダレたシーンが多いが、嘘ではなくリアルを優先したのでしょう。

こういう派手な事件は長野県警では、慣れておらず、
警視庁が応援に入る。が県警が面白いはずはなく、ことごとく邪魔をする。

犯人5名、人質1名で、1500人動員し、3名死亡,重軽傷者27名という惨事。
ともかく人質は無事だった。

この作品は警察視点なので、若松孝二監督は、反体制側の視点で
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を私費で作ったそうだ。


突入せよ!「あさま山荘」事件 [DVD]

突入せよ!「あさま山荘」事件 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 角川映画
  • メディア: DVD



作品中、よくできた奥さんが登場するが、
カチンときたのかもしれない。
後日、別居となり、夫の行状を暴露したようだ。
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ソ連の歴史6 スターリンの死とフルシチョフ History of Soviet Union 6 Khrushchev [映像-歴史]

海外ドキュメンタリー、全7回。第6回がフルシチョフ。
他は見ていない。

1953年3月5日にスターリンが死ぬ。
当然、後継者争いとなる。

フルシチョフは1956年の「日ソ共同宣言」時の第一書記で、
ブルガーニンが首相。

が、それまでに権力を固めるには、スターリンの大粛清の執行責任者であり
秘密警察の長だったベリヤを殺さなければならなかった。
英国のスパイ容疑で処刑される。

1956年の第20回党大会でスターリン批判をする。

スターリンは独裁者だったが、フルシチョフは集団指導体制とし、
100万人の囚人を解放し、人民から歓迎される。

が、ノーベル文学賞を受賞したパステルナークを辞退に追い込みもする。
宗教弾圧によりロシア正教会の聖堂を3割破壊する。
計画経済も、現場の状況を無視し疲弊させる。

が、そんなフルシチョフも失脚することとなった。
彼を扱った動画はコレしか見当たらなかったので、興味があればマストでしょう。



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日本に於けるロシア正教会 [映像-歴史]

(2013日)16世紀からの日本における正教とのかかわりを概観する。

前半は聖ニコライの半生を主に扱う。
彼は25歳で来日、函館にあるロシア帝国領事館の付属礼拝堂の司祭に自ら志願した。

1861年に着任し1912年2月に亡くなる約50年間、寄付を集めるために2回ロシアに帰っただけで、日本に骨を埋めたと言ってよかった。
日露戦争時、ただ1人だけ日本に残る。

ロシア人捕虜約7万人のために福音書の装丁を自らの手で行った。
当時70弱だった。
明治45年2月、天皇より「恩賜」を賜った。

後半は、GHQ占領下の日本正教会が、ロシア正教会か、アメリカ正教会の指導下に入るかが争われることとなるが、当時の小野府主教はモスクワと一体となることを選んだ。

現在、ロシア正教会の庇護下である日本正教会の歴史を学ぶにマストなドキュメンタリー。

制作:聖グリゴリー・ボゴスロフ慈善基金。
2013年に聖ニコライ100年を記念してキリル総主教が来日、
その映像とインタビューもなされている。


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