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その時歴史が動いた 外様大名はこうして生き残った! 〜家康に勝利した逆転の戦略〜 [映像]

(2004日)毛利輝元・島津義弘・伊達政宗の3人を扱う。

毛利は4分の1の領地となったが、家臣の禄を5分の1に断行した。
その差に理由があったものの、去った者もいた。
輝元は国内で新田開発や産業の育成で10年あまりで、1.8倍に成長させた。

島津は、関ヶ原で負けたにもかかわらず、唯一、領地を守った。
その交渉はタフに一歩も引かなかったことにあるが、簡単ではなかった。

伊達も関ヶ原の協力で50万石の加増が約束されていたが、反故にされる。
幕府に公共事業を任される名誉が与えられ、国を疲弊させられる。
さんざん利用され、謀反を疑われ、だが、家康の死に際に立ち会った。

天下太平と言うが、外様大名が当初約200家あったのが、8割が潰された。
幕府に因縁つけられない為、必死だった。
それぞれ約15分で、サクッとした内容でした。

Vídeos : 外様大名はこうして生き残った!~家康に勝利した逆転の戦略~
その時 外様大名はこうして生き残った!

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塚本幼○園への疑い

1か月程前、聖マリア幼稚園の願書を盗んだ男が捕まった。(↓産経)

幼稚園の願書、盗んだ疑い 千葉県警、24歳男を逮捕
http://www.sankei.com/affairs/news/170225/afr1702250017-n1.html


それに対して、私は、塚本の関係者かと疑い↓ブログに書いた。
http://1rin.blog.so-net.ne.jp/2017-02-25


私が籠池に、「入園願書盗んだのお前の差し金だろ?」と言ったとする。

そしたら、籠池は「記憶にございません」と言って、
フェイスブックで、「しておりません」と否定して、
配偶者が「悪魔の証明だ。証明する義務は貴方にあります」

と言うだろうか?

言う訳ないだろう。



籠池なら、

「 何を言うとんねん。するワケないやろ。冗談も休み休み言え!」

 で終わりでしょう。


「悪魔の証明」と言う前に、自分の口で笑い飛ばすでしょうね。


それができない理由が何なのか?ですね。
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昭和偉人伝 池田勇人 / BS朝日 [映像]

(2015日)特に細かいところに踏み込むわけではない、あっさりした番組。

社会党委員長だった浅沼稲次郎が暗殺されたが、
彼は国会で真心をもって浅沼を称え、遺族に届いたシーンなど、
池田に関する写真や映像などが確認できる。

「貧乏人は麦を食え」などの問題発言が、
自分が食べていたので実は問題はなかったなど、明かされる。

私は勉強になりましたが、常識+α の範囲でしょう。


2015 S偉人伝 池田勇人0211 投稿者 okura1919ppp
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中国王朝 よみがえる伝説「悪女たちの真実 西太后」 /NHKドキュメンタリー [映像]

(2017日)西太后の実像に迫る。
彼女の父は下級役人で書記を務めており、娘に読み書きと教養を授けた。
が、当時の清の女性に必要のないモノとされており、皇帝は彼女を皇后にした。

彼女のイメージは私も悪かったが、それは彼女を貶める工作だった。

写真では堂々とした姿勢ばかりだったが、
清を代表していたのであり、彼女が崩れれば国の崩壊となることを彼女は理解していた。
今回は彼女を擁護する番組だったので、
立派な「別荘」を作るのを雇用のための公共事業と強弁だろと腑に落ちなかったが、
(なら橋でも学校でもいい)
それでも、単なる浪費癖の悪女ではなく、甥の光緒帝を幽閉したクーデターが
優れた政治判断だったことが明らかとなった。

晩年の改革で「纏足」を廃止したり近代的軍隊を創設したりと功績がある。
私欲も功罪もあるのでしょうが、
生い立ちから考えれば無我夢中だっただけなのかもしれません。


中国王朝 よみがえる伝説「悪女たちの真実 西太后... 投稿者 okura1919ppp
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タイムスクープハンタースペシャル「お正月パニック!改暦大騒動(明治時代)」 [映像]

(2015日)主人公はトラブルでタイムワープしてきたのが2015年元旦だった。
そこで1月のカレンダーを手にしたが、そのまま再度トラブルにより時空を移動。

来たのが明治6年元旦だった。

その日は明治5年12月2日を太陽暦の初日とした日だった。
急な明治政府の変更により一般にはカレンダーは出回ってなかった。
暦業者が大変だった。

また、大晦日がなかったため、その他の商売での不具合もあった。
あわただしい正月の様子の回だった。


それはそれで面白かったが、
主人公が暴行を受け所持品を奪われるというトラブルは一度見てみたかったので、
この件も満足する。

このシリーズを見続けるなら、今回の最終回はマストでしょう。


お正月パニック!改暦大騒動 タイムスクープハン... 投稿者 kokutaigoji
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その時歴史が動いた I Have a Dream 〜キング牧師のアメリカ市民革命〜 [映像]

(2008日)11月7日に勝利したオバマ次期大統領を記念し12日に放送された。
彼の敬愛するキング牧師の回。

彼が「I have a dream. 」と演説したのは1963年8月28日。
この演説により、これまで暴行を受けたり、排除されたりと人種差別を受け、
心までもが籠っていた人々が、前を向き、そして白人も手をつないで差別を克服していこうという運動に繋がる。

ガンジーに学んだ非暴力主義だったが、彼は人を率いることができた。

人種・宗教・イデオロギーを超えて人間の尊厳を守る。
それがキングにとっての真の正義だった。

彼が死の前に人々に語りかけた。

「 

  私たちは打ち勝つ (We shall overcome.)
  たとえ遠回りをしていたとしても
  行き着く先に「正義」があるかぎり

  私たちは打ち勝つ (We shall overcome.)
  なぜなら「偽り」が
  永遠に生き続けるつことはないから

  私たちは打ち勝つ (We shall overcome.)
  私はそれを
  心の深いところで信じている

  」



キング牧師 : アメリカ市民革命 / その時歴史が動いた 投稿者 byzantinedeslergreatbasileus
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英雄たちの選択 日露講和会議の小村寿太郎 決裂も辞さず [映像]

(2015日)小村の立場になって考える回。

日露戦争はロシアの艦隊に完勝したものの、軍事的財政的に継戦能力はなかった。
国家予算の7倍の戦費となり約13億の外債(現在で400兆)の借金をかかえてたため、
講和にあたり小村としては賠償金を望んだ。

日本政府も満洲軍総参謀長の児玉も、継戦能力がないので「賠償金は無し」で即時講和だったが、小村は実効支配していた樺太の「北半分を譲るので12億出せ」と言う。

 が、アメリカを仲介としてポーツマスでの交渉だったが、ロシアの意が流れてメディアは日本の私欲であると批判しだした。

常識的には、これ以上粘って決裂となっても日本は戦えなかったが、
小村は諦めなかった。

結果、賠償金は無しだが南樺太を手に入れ戦勝国として国際社会に認知される。

結果論として第1次大戦で大好景気となったからよかったが、
この小村の外交を冷静に考えると、やや危ないものもあるのも事実でしょう。
南満洲でハリマンと共同経営するという協定を小村は破棄したが、
壊さない方がよかったでしょうが、現在の視点で30年後のことを小村の責任にするのは酷だと思いますね。

何度かこの話は読んだり見たりしていますが、いい復習になりました。



eたち 日露講和会議の小村寿太郎 決裂も辞さず2015... 投稿者 okura1919
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死なばモリトモ

「安倍晋三記念小学校爆破」 ネット掲示板に書き込んだ群馬県立女子大非常勤講師を免職
http://www.sankei.com/affairs/news/170324/afr1703240033-n1.html


大学のドイツ語講師やってるインテリではあったが、
こういう高校生レベルのことをやってしまいました。

あぁゆう極端なとこは、わざわざ攻撃しなくても自壊するものですがね。
それにしても、籠池は、堂々としてました。

こんな件で、爆破予告書くなぞ志がなさすぎです。

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「死なば森友」
ググったら、オリジナルではなかった.....。


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BS歴史館 源氏物語 誕生の秘密~千年の物語はスキャンダルから始まった [映像]

(2012日)54巻、文字数で約100万の平安時代中期の長編小説らしい。
2行程度の知識はあったが、これで最低限の教養は得ただろう。

小説の背景は現実のモデルがいた。一条天皇と2人の妃と各々の妃に仕えた紫式部と清少納言。

それら現実の政治の世界をモデルにした不義密通のタブー小説だったが、
藤原道長がスポンサーとなり、ある意図を持って、紫式部に書かせた。

が、そもそもエロ小説に興味ない私としては、
文章を読むのも辛いし、漫画で読む自分の姿も気持ち悪いので、
「日本人なら読め」と言われても、瀬戸内さんだから仕方ないかと苦笑するしかありませんね。


BS歴史館 : 源氏物語 誕生の秘密 ・千年の物語は... 投稿者 byzantinedeslergreatbasileus
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その時歴史が動いた ロシア女帝が涙した帰国願い 〜日露交渉の扉を開いた大黒屋光太夫〜 [映像]

(2003日)1782年末に出向した17人を乗せた商船がアリューシャン列島まで漂流した。
商人だった船頭の大黒屋光太夫が10年を経て帰国することとなるが、
その過程はロシア皇帝エカチェリーナ2世が憐れむほど苦難の道程だった。

彼ら一行はすぐにでも帰国したかったが、帰国許可を得るため州都イルクーツクまで数か月かけて向かう。
が、そこの知事は彼らを日本語学校の講師にしようと、「帰国願」を机に入れたままにした。

妨害の中で時間が過ぎ、死亡する者、現地で家庭を持とうとする者がいたが、
船頭の責任感から、日本に帰りたい者がいる以上、自分も諦めないと決意した。

そして、彼が、開国交渉の通訳を務めることとなった。



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